ボッコボコのふるぼっこ

34歳間も無く無職の現在、過去、未来、あとなんかそういったアレ

ニワトリが先か卵が先か

治らない、、、何故だろう?

全然完治しない、もちろん熱などは無いのだけれども、喉、鼻水等の軽い症状が毎日一定のリズムでそこに居続けている。

インフルエンザとはこんなにも長期に渡り滞在し続けるものなのだろうか?

流石に一週間もまるまる休んだというのに、休みあと10日おかわり!とは言えない。

しかしやはり人にうつす可能性が0パーセントでは無いので休むべきか、、

 

なんだかインフルエンザのおかげで毎日鬱のような気分から抜け出せない、、

 

ニワトリが先か、卵が先か?

 

インフルエンザなので鬱々とした気分から抜け出せないのか、鬱々とした気分だからインフルエンザが治らないのか、、

 

クリスマスが迫ってきているので鬱々とするのか、鬱々としているからクリスマスが恐ろしいのか、、、

 

とりあえず思考を停止して、回復を待つしかないようだ。

 

 

クリスマスのど畜生も蹂躙する事にした

SNSアプリ達を蹂躙してから1日経過、、早くも覗きたくて仕方がない症候群が迫ってきているが、そこはグッと堪えて耐え忍ぶ。うん、なかなかやはり清々しいではないか!一服の清涼剤とはこの事だ。

がしかし、、なんだろうまだモヤモヤするこの感じは、モヤモヤ?いや、ザワザワ?う〜ん、、、、

 

あ、、、

 

クリスマスのど畜生だ!!

 

すっかり忘れていた、年に一度必ず訪れるチートなイベント。世の中の幸福な人たちがホッコリと過ごす素晴らしい日。それと同時にそのホッコリ暮らす人たちをまるでスラム街の黒人達のように、怒りと、嫉妬と、悲しみの目で眺める哀れなる人々で溢れかえる日だ。

私は近年後者のような、怒りと、嫉妬と、悲しみを帯びた目で暮らすのが定番になっている。故に、12月に突入すると訳もなくモヤモヤざわざわしてくるのだ。なんだか腹だたしいのでクリスマスも蹂躙してみる事にした。

 

そもそもクリスマスはキリストの誕生日などでは無い。

 

キリスト教においてもクリスマスは「降誕を記念する祭日」と位置づけられており、「イエスキリストの誕生日」と考えられているわけでは無い」

 

ウィキペディア様がこうおっしゃられている。

 

イチャイチャするのが目的の人々にとってはもはやどうでもいい事かもしれない。が、しかし、そもそも興味の無いキリストの誕生日に便乗して舞い上がりイチャつくなんてとんでもなく失礼だ。

考えてもみて欲しい、自分の誕生日を口実に自分の友人やら知り合い、果てには全然関係ない人達が自分を祝う事もそっちのけでイチャイチャちゅっちゅしだすのだ、さながら地獄のフラッシュモブだ。しかもその日は誕生日じゃない、、皆んな自分の誕生日を間違って覚えてる。

こんなに失礼な事があるだろうか、まるで誕生日レ◯プではないか。ましてや相手はイエスキリストだ、聖人を馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。

 

そもそも日本にはクリスマスなんて文化は無かったはずだ、もともと無い文化を全国民が行う必要などないはずだ。古来より12月は師走と呼ばれ大掃除や大晦日、年の瀬から新年にむかい、猫も杓子も忙しい月なのだ。クリスマスなんぞにうつつをぬかしている暇など無いはずだ。そんな暇があるなら部屋を掃除するべきだ、、決めた、、私は今年のクリスマスは大掃除する事に決めた

 

あ、、、クリスマスイブもクリスマスも仕事だった。死んでしまいたい

 

気を取り直そう、そもそもクリスマスはいつから日本にあるのだろうか?検索っと

 

「1552年(天文21年)の、周防国山口(現在の山口県山口市)。

 宣教師のコメス・デ・トルレスたちが、日本人信徒を招いて降誕祭のミサを開催した事が、日本で初めてのクリスマス。」

 

との事だ、、

 

歴史なっが!!500年くらい前からあるっていうのかよ、、、それじゃぁ結構文化として根付いているじゃありませんか、、、さらに詳しく検索っと

 

「その後江戸時代には、幕府がキリスト教を徹底的に弾圧したため明治の初め頃までは、まったく受け入れられることはありませんでした。現代の日本で、クリスマスがちゃんと受け入れられたのは、1900年(明治33年)。明治屋が銀座に進出して、クリスマス商戦を始めた事が大きな契機になったようです」

 

との事だ、、

 

なんだよ!ぜんぜん受け入れられて無いじゃないか!1900年から始まったと考えてたったの116年じゃないか、(結構長いが)やはり日本人はまだ全然クリスマスに馴染んでいるとはいえない。故になぜか「イチャイチャする日という」間違った解釈をしてしまうのだ。

 

日本にはクリスマスは合わない!私は断固言い切る!!

理由は以下の画像を見れば分かって頂ける筈だ

 

1918年頃富士のふもとにて

 

f:id:burigburing:20161208230805j:plain

あってない、、、全然溶け込んでない、、、

せっかくの富士山が台無しだ、豊かな自然に囲まれた美しい国日本にこんな赤いヤツあう筈がないのだ。トナカイは何処にいったのだ?馬を狙うサイコ野郎としか思えない。沢山荷物を積んでいるんだお前が乗ったら潰れてしまう、フィンランドへ帰るがいい!

 

さらに

 

1920年代、どこかのお祭り

f:id:burigburing:20161208231054j:plain

全然マッチしない、日本のお祭りを牛追い祭りと勘違いしているのだろうか?そんなに赤い必要は無いのだ。日本の祭りには情緒や風情、侘び寂びが必要なのだ。フィンランドジョークは必要無い、今すぐ帰って頂きたい。

 

いかに日本という国にクリスマスという文化が溶け合わないかがお判り頂けただろうか?

こんなに合わない文化に踊らされるのはもう終わりにしようではないか。今年のクリスマスは一足早く正月の準備にとりかかるべし!!

 

 

最後におまけ

f:id:burigburing:20161208231846j:plain

サンタでかい

 

 

 

 

 

 

 

SNSアプリを蹂躙してみる事にした

ここ最近の私のテーマとして「人の目を気にしない」という事が一つの目標として浮上している。

いや、もはや私にとって人生最大の課題なのかもしれない「承認欲求」とか「他人の評価」だとか、つまる所、自分自信の事を結局「人任せ」にしていまっているのである。

根本的に自意識過剰なのは否めないが、なんとかしないとこのまま一生、自分がしたいと思っていることを心から無邪気にやってみる、という事が出来ないような気がする。

 

どげんかせにゃあかん、、、

 

「人の目を気にしない」とか「自分らしく生きる」とかネットで検索するとスグに「人の目が気にならなく為の方法◯選」だとか「自分らしく生きるための方法」といった記事が沢山でてくる

 

おお、、神よこの世にはこんなにも迷える子羊がいるのかオーマイゴット!

 

記事の中身は大変勉強になり感動するものばかりなのだが、そういう記事をいつも見て思う事は「結局自分で考え出したものでないとすぐに忘れてしまうのよねぇ」という事だ

 

なのでとりあえず自分のやり方でやってみる事にする。

とりあえず真っ先に思いついた作戦は前々から実はやりたかった作戦その名も

 

SNSアプリ蹂躙作戦」だ

 

フェイスブックやらインスタグラムだの、自分も楽しんでやっている時は別に構わないと思うのだが、いちいち人の動向や、反応を気にし出すようになると「ひとの目が気になってしょうがない」という事と変わりないじゃないかと思った訳だ。

本来知らなくて何の問題もない他人のプライベートの押し付けを嫌なら見なきゃいいだけの話だが、人の目が気になる症候群の私はついつい覗き込んでしまうのである。

 

うん!決めた、アプリを蹂躙してやるぞ!!

 

アカウントを削除するのは、いちいちまた「何かあったのでは?」とリアルで猛烈に心配されるので(この時点で大いに他人の目を気にしている訳だがww)閲覧する事を物理的に強制終了する為に、スマホからSNSアプリの削除を決行する事に決めた

 

とりあえずフェイスブックアプリを蹂躙してみる、、削除っと

 

おお!

 

おおお!

 

なんだ、ゾクゾクするぞ!とても気持ちがいい、やってみると分かると思うが快感だ(少なくとも私にとっては)

 

次にインスタグラム、、こっちはフェイスブックとは違い結構頻繁に投稿などもしていたので指先が震える、、、、、が削除っと

 

ォォ!

 

ォォオオ!

 

フォーーーーーー!!!

 

なんだこの快楽は!やばい!堪らなく気持ちがいい、、なんか他にもSNSアプリを削除したくて仕方なくなってきた、、

 

なんとか削除する快楽に溺れるという副作用はあったものの無事二つのアプリを蹂躙、問題はこのあとの効能と、アプリの再インストールの阻止だ、、。禁断症状が現れないのを祈るばかりである。

インフルエンザが完治していないのにお酒を飲むのはなんだか命の危険すら感じるので絶対にやめた方がいい

インフルエンザにかかってまる10日も経過している、、熱は遥か昔に収まり、軽い諸症状がわずかに残っている。職場は一週間以上休むと後々何を言われるのか分からないので、完治しましたと嘘をつき出勤している、、

 

あまりにも長すぎやしないだろうか?

 

長い上にしつこい、暗くてジメジメしていてまるでストーカーのようだ。人間一週間以上もやることがなく監禁されていると暇で暇でしかたがなくなってくる、発狂寸前とまではいかないが少しばかり精神にも悪影響がでてくるというものだ。

先日職場に出勤してみたものの私の心のシャッターは固く閉ざされているために、まるで楽しくなく、ただただ腹立たしい思いがこみ上げるばかりであった

 

ああ、、気の許せる友達と酒でも酌み交わしたい、、

 

という事で昨日の夜、インフルエンザが完全に完治しているわけでもないのにサラダ君を誘い、夜の街へと繰り出してしまった。

 

結論から言うと「インフルエンザが完治していないのにお酒を飲むのはなんだか命の危険すら感じるので絶対にやめた方がいい」という事だ。絶対にやめていただきたい!

 

私は通常人並み程度にお酒を摂取する事ができるスペックは持ち合わせているつもりである。ビールなら10杯以上、ウィスキー等ロックで8杯以上、ワインなら一人で一本空けて、けっこう楽しくなってきたぞ次いっちゃうぞ〜といった具合だ、最近はあえてそれ以上飲む事は避けるようにしている、お酒を飲んで楽しくなっただけで精神異常というレッテルを貼られるという大変腹立たしい事件があったからなのだが、それはまた別の機会にでも、、、

 

まぁとにかく通常ならそれくらいのお酒をたしなむのだが、インフルエンザが関与すると生命の危機を感じる程にやばい状態になったので警告の意味を込めて症状を報告しておこうと思う。しつこいようだが決して真似はしないでいただきたい。

 

一杯目(ビール)

通常であれば一杯目など、喉越し程度のものでアルコール成分など意識することはない、しかし今はどういった訳か一杯目から頭がグワングワンするではないか、、一杯でこんなに酔えるだなんてお得といった冗談はまだ言える

 

二杯目(ビール)

おかしい、、こんな筈はない、きっと何かが調子が悪いんだ(インフルエンザなので当たり前です)とばかりに二杯目を投入、、あれ?二杯目なのに目が回るではないか、、若干味覚も無くなってきて料理の味付けが薄く感じてきた、、、若干気分も悪くなってきたので店を変えたら気分がよくなる筈と思い立ち店を移動する。

 

三杯目(梅酒ロック)

今日はきっとビールが体にトゥーマッチなんだ、きっと梅酒のような甘みのある飲み物ならきっと大丈夫、、という訳の分からない理論を展開し梅酒を飲んでみるものの、さらに頭の陶酔感は加速し三半規管がやられ目の焦点が定まらなくなってきた、、、この梅酒シャブでも混ぜてるんじゃないのか?そんな妄想をいだくようになりいよいよ限界、、、

 

四杯目(泡盛ロック)

たったいまさっき限界を感じたのに、なぜか爆弾を追加、、、

目の焦点は定まらない、五感の殆どが機能していない、気持ち悪い、寒気がする、、、、うん

「死ぬかもしれないからやめておけ」

自分のなかの神様が軽くキレている、それはそうだなんせよく考えればわかる、いや、よく考えなくても分かる

インフルエンザが完治してないのにお酒をのんじゃだめだ、、、

 

私はたった4杯で命の危険を感じ、早々と帰ることにした、自分から誘ったのに2時間もしないで帰るとは、、サラダ君本当に申し訳ない、、

 

とにかく私の中でまた一つ体感的にやってはいけない掟ができた。当たり前の事だが、「インフルエンザが完治していないのにお酒を飲むのはなんだか命の危険すら感じるので絶対にやめた方がいい」という事です。

思っている事を文章にするとストレス解消になる事に気がついた

悪い癖が猛威を振るっている、、名付けて「心のシャッター閉店ガラガラ病」だ。

 

この病気は幼いころより時折私を襲い、その都度周囲の人間に迷惑をかけ、測りしれない不信感を獲得してきている。そんなこんなでクラウドワークスも勿論シャッターピシャーンでほっぽり投げてしまった。

謝るつもりは毛頭ない、私のこれからの信条として自分に嘘をつかないという信念があるので周りに避難され、罵声を浴びせられようとも、私の心のシャッター閉店ガラガラ状態であるという事は一旦自分の中に落とし込んで認めてあげないといけないと思うのである。

今までは大概そんな状態になった時は、そんな風になっている自分を責めるというドS極まりない行いで自分をさらに追い込み、心のシャッターガラガラピシャーンの上にさらにチェーンソーでも歯が立たない重厚な南京錠までかける始末になっていた、、そこまで行くと取り返しのつかない状態になってしまう。この症状が自然に治まったあとにそれを振り返り、あまりの恥ずかしさと自己嫌悪から素直に謝る事ができなくなるのである。

これを解決する方法は一つしかないと思っている。その名も「心のシャッター閉店ガラガラですが何か?作戦」である

f:id:burigburing:20161205181312j:plain

 

説明しよう

 

「心のシャッター閉店ガラガラですが何か?作戦」とは自分の心の屈折を包み隠さず何が悪い?という態度で一旦自分を肯定し、その気分が回復した後にくる自己嫌悪と羞恥心を少しでも軽減しようと試みる作戦である。

 

私の場合はいつもそうだが、「誰もわかっちゃくれない、、」とか言いつつ結局他人の理解を「察してくれよ」といった曖昧な態度で求めてしまう嫌いがある。

はっきりいって面倒臭い!我ながら子供じみてると本当に思う、しかしながらこれはもう神が与えた味だと思うようにして無理やり自分を押し殺してまでその味を変える事はやめようと思っているのである。

 

今まで何度も自分を変えようと自分なりに工夫をしてきたのだが、しょせん日本食は日本食。洋食にはなれないし、日本人がいくら英語を流暢に喋れるように努力し、髪を金髪に染め上げたところで日本人は日本人なのである。もちろんそういった努力が人間を成長させる事はよくわかるのでとてもいい事だと思うのだが、自分の根本を捻じ曲げて成長してしまうと、その後に方向修正しようとした時にすごく難しくなってしまう。

私は今この歳になってからこそ気がついた、自分の持っているものを自分で全否定してはいけない。悪いところに気がついてちょっとづつ修正しより良いものにしていくのは構わないが、悪いところを見つけてその全てを否定するのは是非やめていこうと思う。

 

結局人間はどこまでいっても一人なのだ、親、兄弟ですらしょせん別の人間なのだ。

別の人間が別の人間を100パーセント理解する事はできないし、理解してくれとのたうち回る方がよっぽどイカれているという事は周知の事実である。

 

が、しかし、その承認欲求というものは捨てなくてはいけないと思えば思う程に力を増してくる、すべての欲求というものは捨てなきゃいけないと思えば思うほど力を増してくるものだ、、

 

もうそうなってしまっている事を、良い悪いで判断するのをやめるしかないと思う、自分はとりあえず今そういう状態なんですごめんなさいと割り切って考えると意外とそこに執着していた事すらどうでもよくなってくるものだ。そうなったあとに素直にあやまればいいだけの話である。

なので私は思う存分「心のシャッター閉店ガラガラですが何か?」と思うことにした。

 

ご飯を食べている時も「心のシャッター閉店ガラガラですが何か?」

お風呂に入っている時も「心のシャッター閉店ガラガラですが何か?」

眠りにつく時でさえ「心のシャッター閉店ガラガラですが何か?」

 

なんだかこれを書いているだけでも「心のシャッター閉店ガラガラですが何か?」という事自体どうでもよくなってきたw

 

結局思ってるモヤモヤを文章にするのが私にとって一番ストレス解消になるんですね。

 

 

クラウドワークスをめんどくさがりながら始めてみる

さぁいよいよインフルエンザの脅威も去り、ようやく明日より無事職場に復帰することに相成った訳なのだが、前にも記したようにこの職場、今月いっぱいで退職することが確定してる。

 

何か次の仕事が決まっていての離職ならなんて事はないのだけど、なんせ勢い任せにか細く「む、、、難しいです、、、」なんていったしまったものだからこの先の見通しというか展望が全くない状態である。

 

今回インフルエンザにより「暇で暇でしょうがない病」にかかった私はこのなんだかよく分からないカオスなブログを書き始めたわけだが、これも暇を紛らわす為ともうひとつ「先の事を直視したくない」というただの逃避行動から始めたという事実は認めざるをえないところである。

 

そんな私も色々な事を考え、自営業を始めようか、、ボランティアを始めようか、、、世界中を飛び回ってやろうか、、等々色々と思いを巡らした結果一つ決定的な事を直視せざるを得なくなった。

 

お金が無いぽ

 

我輩はクズである。数え挙げればキリがない私のクズを証明するクズエピソードを長々と公開する事などもはや何の抵抗もなくなってきてはいるものの、あえて自分を愛してあげたいのでそれは一旦棚上げしておく事にする。(なんせクズなもので)

 

お金が無い、さらに貯金もない、今月の月末に貰う最後の給料で私の収入はストップしてしまうのである。大問題だ。どげんかせにゃあかんとは思うのだが、先の事を考えれば考える程に私の中の人が膝を抱えてガクガクブルブルしているのが解る。

 

そんな中とりあえずやってみよう、なんでもいいからやってみよう、と昔登録だけして仕組みがよく分からず放置していたクラウドワークスを久しぶりに覗いてみた、、

色々なお仕事があるのはよく解る、しかし私の最弱スキルでは所詮「話す」「調べる」くらいの事しかできない。なにかいいものはないもんかとタスク系の仕事を2、3件やってみるものの報酬は200円程、、しかもここから手数料を引かれ実際は100円未満の報酬しかもらえないのだ、、。

 

やってられん。

 

タスク系の仕事は私の意欲を見事に奪おうとしていた、、だがまぁ落ち着いてもうちょっと報酬のいいプロジェクト系の仕事に応募してみる事にした。結論からいうと

 

めんどくせぇ、、。

 

そもそも以前クラウドワークスに登録した時にもこのプロジェクト型(クライアントと契りを交わし定期的に仕事をする型、違ってたら笑って許して下さい)というのに応募しようとしたのだが以下の理由で応募するのをやめた。

 

1.契約を結ぶための具体的なメッセージの書き方が思いつかなすぎる

2.未知数の事が多すぎて尻込みしちゃう

3.自己紹介めんどくせぇ

 

まぁとにかく「めんどくせぇ」の一言で要約し前回は敵前逃亡を決め込んだわけだが、今回は「とにかくやってみる」を旗に掲げている事もあり、逃亡するのをぐっと我慢し、竹槍バンザーイとばかりに爆死覚悟で適当な自己紹介文と適当なメッセージを書いて応募してみたのである。

数時間経過して既読or未読スルーされちまったか?当然だよな俺キモイもんな、、なんてセンチメンタルな気分になっているところに返事がきた。「とりま一緒にがんばりましょ、とりまテストするんでやってみて」的な返事だった

 

おっしゃぁ!適当に書いたのにとりあえずテストしてくれるってよ!!

 

おそらく応募すればもれなく全員にこういう返信をしているのだろう、そんな事は分かっているけどついつい小躍りしてしまった。

私が今回応募した仕事は、まとめサイトのライターだ。トリマまとめ記事書いてみてっていうのが向こう側からのテストなのだが、専用ツールだの、指定のキーワードだの、、文字制限だの、、あれだのこれだのと制約が多くて鼻血がでそうになっている。

当然仕事なのだから、こういう事は想像していた事だが色々と未知すぎて全然進んでいない

 

めんどくせぇ、、

 

しかし何事も経験だ、とりあえずやってみなくては何事もわかりゃあしないのだから、クズは黙ってやるしかないのである。

制約がある文を小1時間書いたあとに、全く制約のない自分のブログを書くとなんと気持ちのいい事か!いつもある当たり前の事に感謝するのを忘れてはいけないとクラウドワークスが教えてくれている様な気がしました。

 

秘境の村人達が出してくれたやばい料理を、断るのは悪いので死ぬ思いしながら食べる気持ち

私は今朝「秘境の村人達が出してくれたやばい料理を、断るのは悪いので死ぬ思いしながら食べる」という状況と非常によく似た状況を味わった。

 

私が住んでいる場所は実は日本列島の南の南、メン◯ーレーなんていう方言が飛び交う陽気な場所だ。(あえて名言はしない、こんなにハッキリしているのに名言しないのが私の長所だ)

この豚をこよなく食す南の島は、12月にもなったというのに平気で20度越えをしている。こんなに暑いと生き物もとても元気いっぱいで、12月だというのにゴキブリが普通に出現してくる。

昨晩の事だが私がインフルエンザの為、若干ちどり足になりながら台所に水を飲みにいくと何やら気配を感じた。

だれぞ?

尋ねても返事はない、それもそのはず、私の感じた気配の正体は黒光りのするあいつだったのだ。(あえて名言はしない、こんなにハッキリしているのに名言しないのが私の長所だ)

しかも床や壁に張り付いているならまだしも、よりにもよってあいつは水切り場に置かれた洗い立ての食器の上を縦横無尽に動き回っているではないか!

f:id:burigburing:20161203014143j:plain

やめれーー!

私の叫びなど届くはずもない、、しかたがないので蹂躙してやろうとゴ◯ジェットプロを探しに行く。10秒後ゴ◯ジェットプロを片手に現場に戻るがあいつの姿が見当たらない、、

嘘だろ?たったの10秒だぜ?

もう完全に手遅れだった、、完全に目標を見失っていた、、どこをどう探してもあいつは出てきやしなかった、仕方ないので台所の隅などにゴ◯ジェットプロを噴霧し

あいつが這い回っていた食器達を洗わないとな、、と考えてはみたもののその日はあまりに疲れていたので翌日洗おうと誓い爆睡した。

 

問題は次の日だった。

 

疲れから昼過ぎまで寝てしまった私はなんとも芳しい香りで目を覚ました

「おはよう〜」

お母上様が既に朝食(実際は昼食)を食べながら心地よい挨拶を交わして下さった、今朝は味噌汁と納豆、ソーセージに目玉焼き、私の分も既によそわれている。

は!!待てよ!そういえば昨晩の食器は、、、、はぁう!!!

f:id:burigburing:20161203014254j:plain

 

す、、、全て、水切り場にあったものを使っているというのか、、、

 

戦慄が走るとはこの事だ、気にしなければそれまでの話だが、やはり目の前で現場を生生しく目撃してしまった私は恐怖におののく事しかできない、むしゃむしゃと音を立てて朝食を食べているお母上様は今や秘境の村の村長にしか見えない。

 

「冷めるわよ早く食べなさい」

 

拒否権などない。「サメルワヨハヤクタベナサイ」日本語とは思えない。

全て私の好きな食べ物だ、食べたくない理由など言えない、、お母上殿が既に食されているからだ。

 

この状況を説明するとこうなる

 

「秘境の村人達が出してくれたやばい料理を、断るのは悪いので死ぬ思いしながら食べる」

 

ひと噛みひと噛みに想像力が働いてしまう、、くそっこんなにも自分の想像力を恨めしいと思った事はない、あいつの姿が目に焼き付いちまっている。

一番きつかったのは味噌汁だ。あいつはおたまの上で数十秒は静止していたのだから、、そしてそのおたまが味噌汁の中にぶち込まれているのだから、、くそっこんなにも自分の想像力を恨めしいと思った事はない、汁物だけは勘弁してくれ、だし的な要素を想像してしまうではないか!

 

人生で多分ベスト20には入るであろう特異な朝食でした。(もちろん料理は死ぬ思いでおいしく頂きました)